Nさんの知人でSさんと言う方ですが、この方の出会いは面白い事に、仏縁としか言いようがないほどに偶然がありました。
先日の遠隔祈願の際は大般若経を転読しました金の折り紙と同封した印象佛した沢山の地蔵菩薩様の御札を祈祷祈願終了後に、和尚の御寺から神山の御寺まで、
般若心経を唱和し続けて、ピトリがいる御堂の前で更に開眼供養しようとすると、御堂を毎週開けて、参る事ができるように開開門してくれた方がいました。その方がSさんだった。
御堂については、随分前から神山の御寺の御堂は私にとっては夢殿的存在の場所であった為、堂内で開眼する事ができれば、ど
んなに素晴らしいだろうかと思っていた気持ちは強くて遠隔祈願の時には、多忙な和尚に無理を言って開けてもらおうかと言う思いが本当に心底ありました。
Sさんは真言宗系の御寺で産まれ育ちましたので、初めてNさんから紹介していただいて御話した時、各種の経典を唱和できる事は、知っていましたので、Sさんに大般若祈祷祈願の際は経典を一緒に転読する事をお願いできないものかとも思っていたりもありました。
今回はSさんを参加していただく事はできなかったけれども、次回は是非お願いしたい…そのように思い神山の御寺に到着すると、
びっくり。
地蔵菩薩様の印佛を持って開眼供養する為に訪問する私を待っていたかのようにSさんが御寺にいました。
Sさんも毎週午前中は無人の御寺を訪問して、御堂を開けていたのですが、私が御寺の御堂を参るのは午後からでしたので、それで今までSさんと会うことがなかった。
御堂で開眼供養を済ませた私は、離れの小屋でお茶を入れて待っていたSさんに、お礼を言うと、Sさんは何かあったの?と、にこやかに話かけてくれました。
『Sさん連絡先知らないから、今日は朝からNさんに携帯番号知らないか聞いたりして探していたのですよ、』と言って、今回
の祈祷祈願の話をすると、びっくりしながも次回より御力になれるようでしたらと協力していただける事になりました。
Sさんは育った場所が御寺であった為、修行をしていたと言うよりも、色んな事は当たり前にやらされていた為、申し訳ないが
実家から逃げたいばかりだったそうで、大病してからは、心境の変化で今は神仏に感謝しながら生きているのだとか…。
私もSさんも、真言や色々経典を唱和する事はありますが、共通する点では般若心経がメインです。
読誦し続けて何年もたつのに、まるで霧の中に、隠れてしまうように謎めいていく。その大般若経などは生きている内は、桃源郷のような存在なのでしょうか…。
とは言え、観音様が登場するお経でもあります。観自在菩薩は観音様の事ですね。
般若心経は観音経よりポピュラーなお経なのに、観音様がいらっしゃいますというお経である事は、意外と知られていないようです。
以前も般若心経の御話で、呪と言う怪しげな文字が存在する点では呪文のように唱和して勘違されている方がいらっしゃいますが御寺の和尚さんが日課勤行で、呪文として本尊に読誦しようものなら、本尊の菩薩様はびっくり、ひったまがるでしょう。
和尚さんでもない私がそのような話をするのも、滑稽なものですが般若心経は生者と死者の為に存在する点では間違いないと思っています。
左手は仏界、右手は現世界、手と手を合わせてせて感じて謝る幸せな~むです。
という事で般若心経は生きている者が死にゆく際に、霧の中に包まれた経典だけれどもあのような世界に行けるのだなと思って逝こうと、生きているうちはそのようにミシェルは思っています。
般若心経の内容は割愛いたします。今まで書いてきたブログ記事以上に説明が必要ですので御許しください。
全うに死にゆく際ならまだしも、無情無念の死をしてしまった方々でプレーター(成仏出来てない仏さん)に遭遇や生霊に悩まされたらどうすればよいのでしょうか…、(最近よく連絡いただきますので少しだけの御話ですが、)
成仏するには供養する必要がありますが、御先祖様の供養を高めると、御先祖様の霊各が上がり、もっとも身近な守護霊となって戴けて守ってくれますが、では上記の無情無念の死を遂げてしまったプレーターは?
御縁をつくってしまわれた方自身が供養により、成仏させて霊各を上げて上げる事が一番良いと思います。
土地につく因縁については、時間がかかるかもしれませんが、その土地に御札を埋める事もできます。
スズさんが勤行されている御札流しは大変素晴らしいのですが、中々出来ない方々も連絡戴きます。
スズさんがおっしゃったように、自宅にて御線香を差し上げて供養する事が私も経験上良いかと思います。
御先祖様の供養と同時に、無情無念の死を遂げてしまった仏様の供養を行う事は決して無駄な事ではありません。実行された方の人格が育んでいき、優しさ溢れる方へとなります。
そのような方が、地球に生かされている事を実感して自然を愛する言葉を口にすれば、少なくとも私は凄く説得力を感じます。
最初は上手くできないかも知れません。でも一生懸命されている姿をみかけた、神仏は、上手く供養できるように必ず導いてくれます。
時間はかかりましたが、私はそのようにして、1000体の仏様を供養して上げる事ができました。
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供養の心
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